名も知らぬ島:一日目・昼 晴
人が多い。
(↑…一ページ目終了)
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かつん、かつん。
無機質な音が小さく、遺跡内に響いた。
しかし雑踏の中で、そんな音はすぐにかき消されてしまう。
――遺跡の中には人が多い。
ユルレは、遺跡の入り口を見つけ、入るためにその階段を下りた直後、一瞬で理解した。
いろんな意味で出遅れた、と、本当に一瞬で理解した。
――人が多い。
階段を下りるその時でさえ、遺跡から出ようと階段を上っていく者とすれ違い、その下を見てもそれはもう普通に他の冒険者たちが歩き回っている。親しげに会話を交わしている者達もいるし、なぜかどこからか、カン、カンと、何かを叩く音すら聞こえてくる。聞きなれた音に剣を叩き直しでもしているのだろうかとも思ったが、
(何で態々こんな所で遣るのか)
ユルレは少々呆れ顔になった。……しかも一箇所からだけではない。他のところからも何かを作り出したりしている音が遠くから近くから聞こえてくる。もしかすると、これがこの地の常識なのかもしれない。
ユルレは言った。
「帰るか」
(「早ッ!?」)
即座に隣で浮いていたネイドが反応した。
(「来たばっかじゃねーかよ! 外はあんだけ熱心に探索しといて中に入った途端にそれか!?」)
「人が多い」
(「それは分かった!」)
「この辺はあらかた、他のガキどもにめぼしいモンは取られてそうだ」
(「……まあ、それはな」)
ユルレに指摘された点は考えていたらしく、ネイドはちょっと目を逸らした。
逸らしてから、ぽんと手を叩く。
(「じゃあ、ちょっとひとっ走り奥のほう見てくるぜ。招待状が配られたのは皆割と最近らしいし、まだ皆そこまで行ってねーから今ここでこんなに多いのかも知れねー」)
「……まあな。……じゃあ、行ってこい」
(「おうよ」)
得意げに笑うと、ネイドは向かって右の通路へと消えていった。
ユルレは階段の一番下の段に腰掛け、彼を待つついでにと『招待状』を懐から出した。
――この招待状は無茶苦茶だった。何しろ本来、自分たちに来る筈のものではないのだ。
『この時代』では、ユルレたちは過去の人間だった。永来を生きるユルレは大体数えで五千年ほど生きていたが、
(『ここ』は、『今』から更に五千年も経ってやがる)
合計すると一万である。いくらなんでももう『この時代』に『ユルレ』はいないだろうと、ユルレは思った。いて欲しくもない。いるということはつまり、まだ自分は最低でも五千年生きなければならないということなのだ。
『招待状』は、そんな彼の元に届いた。勿論今から五千年前、普通に道なき道を旅していた彼の元にである。そして問答無用に引っ張られて(何に、とはいわない)この様だ。ユルレは周囲を見渡した。パーティというらしい、数人でこの遺跡の地図であろう紙を見ながら歩いていく少年少女の姿が見える。たまに動物のような格好をした者やそもそも生き物かと疑いたくなる姿の者もいたが彼は見ない振りをした。ユルレは足を組みなおし、ちょっと溜息をついた。
ネイドが戻ってきた。
(「案の定だぜ。ここは遺跡のまあかどっこでさ、反対側には入り口もないのか殆ど人がいねーんだ」)
「そうか」
ユルレは招待状を畳み直し懐に仕舞うと、荷物袋を持ち立ち上がる。そして先程ネイドが遣ってきた方向を見た。
「右しか調べてねえのか」
(「左も似たようなもんだぜ」)
「……」
ユルレは木の棒を取り出した。先程遺跡の外で、草を摘むついでに拾っていたものだ。地面に立たせ、手を離し、倒れた棒の先を見た。
「右か」
(「待てい」)
即座に右に進もうとしたユルレを傍観体制だったネイドが止めた。
「どっちへ行っても同じだっつったのはてめえだ」
(「いや、そうだ、そうだがな! ……お前もこんなお茶目するようになったんだなあと、ちょっと思ってな……」)
何故かしみじみと言い出すネイド。ユルレはとっとと進みだした。
(「あ、ちょっと待てよ!」)
あわててネイドが追いかけていく。
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(隣のページに、明らかに違う人間が書いたと分かる文字で)
名も知らぬ島:一日目・夜 少し雲が
…んの野郎、早々に「日記が面倒だ」とか言い出しやがった。
ちょっとしか書いてないじゃないかよ!
なんだかもう情けないので、仕方なく俺が代わりに書くことにした。
手だけとはいえ、ペン持てるまで実体化させるのって大変なんだぞ、畜生。
書かなきゃいいってだけな話なのは分かってるけどな。
使ったページが初めだけの日記帳って寂しいだろ?
ユルレはどうやらもうちょっとこの辺を調べるつもりらしい。
最近にしちゃあ珍しく、意欲的に行動してるように見えるけど
……まあ、暇なだけなんだろうなあ……
(ちょっと微妙な気分になったのか筆跡が薄くなっている↓)
遺跡の外観を調べる道すがら、何故かその辺の草を引っこ抜いては荷物袋に突っ込んでいた。
パンの欠片も拾っていた。
……あまつさえ食べだす始末だ!やめてくれ!見てるほうが惨めな気分になっちまう!
そう言ったら、何て言ったと思う。
「まずくはねえ」だと。んなこた聞いてない…聞いてないんだよ…!
(最早消え去りそうなほど薄い!)
俺は言い返した。ああ言い返したよ、「持って来た携帯食があるだろ!?」と!
冒険者の常識だ、ないなんて言わせないと、それだけの気概を持って言ったつもりなのに、奴はさらりと言った、「ない」。
……
書いてて虚しくなったのは、俺のせいじゃない……
そりゃ食わなくてもどころか何しても死なないのは俺が一番分かってる、分かってるけどな……!
こういう時にあの子の情け容赦ないセイントランが欲しいと切実に思った。いや、本当、俺じゃ無理だ。
でも、さらりとないなんて言い放った奴にも一応の言い分があった。
島に着くまでは持ってたそうだが、島についたとたんかき消すように消えちまったらしい。食料だけが。誰かにスられたとかは俺が見ている限りなかったから、島の魔力がそうさせたのかもしれないが、……いや、なんで食料だけ。見せてもらうと確かに武具やロープやランタンは普通にあるんだよな。この人が溢れかえった遺跡周辺を見る限り、島もしく遺跡が人を拒むわけでもないようだし、
んー…●(ペンを押し付けたまま考え込んでいるのかインクの染みが滲んでいる)おっと。
誰か(例えば、招待状を寄越した誰か)の陰謀(偽の招待状を寄越してのこのこやってきたバカどもを云々、とか)で来た人来た人餓死させる目論見……いや、この島ざっと見ただけでも食えそうなモンがいっぱいあるし。よほど場慣れしてない、まあ深窓のお嬢様ぐらいでなきゃそんなことにゃならないだろうし、ああでも皆食いついて食料になりそうなの何もなくなったらその限りでもねーか、…そもそもユルレ以外の奴も食料取られた、なんて聞かないしな。単純に俺が聞けないだけなんだけど。
……って、ふと見ると他の奴も草とか食ってるよ!
せ、せめてその辺の木から食えそうな木の実を取るとか…!ほらあそこになってる赤いのならちょっとすっぱいけど十分食えるから、
…日記に書いても意味ないんだけどな…!でも話しかけるのはちょっと、ごめん、俺には無理だ。勘弁して。
代わりにユルレに実の存在を言ってみた。…その実もちょっと食って荷物袋に入れようとするもんだから止めた。柔らかいから多分荷物袋に入れたらすぐ潰れる。
代わりに俺が頂…こうとしても無理だったからユルレに無理やり食わせた。…うう、食物をかみ締める幸せが味わえないって、必要なくても妙に辛い…
(またちょっと筆圧が弱くなってきた)
荷物袋を覗き見ると、流石に探索道具とごっちゃにしてるなんて事はなかったらしく、ちゃんと食料袋として別に皮袋が入っていた。…当たり前か。
覗かせて貰うと、まあ、…草とかパンのくずとか。
……
…………その辺の獣でも狩ってやるべきか?
(二ページ目終了)