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ターン:???
( ざあああああ。

 彼の顔に激しい雨が掛かる。

 ざあああああ。

 ざあああああ。

『ねえ……、もういいでしょう?』
 青年の声が、雨音に混じって耳に届く。

『僕も君も、ずっ……っと頑張ってきたんだ。……と誰も咎めやし……よ』
 どこか舌足らずの声が、

『君だって本当は、も……嫌な筈だ。……くと同じように、何度も……度も』

 ざあああああ。
 激しい雨に混じって。

『……、だから……僕と……緒に、眠ろうよ、―――――……』

 ざあああああ。
 ……激しい、雨、と、



 ざあああああ。)
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ターン:???
「……」

 誰かの声が聞こえる。

「……ル」

 雨音に混ざって、

「……ュル、もう……だ」

 心地よい低音が――



「……っから、もう夜だっつってんだろうが!!」

 げしぃっ!

「ふぎゃっ!?」

 ずどどどどどっ!!



 ――テュルは、気がつくと階段の下にいた。
「うう……いたいよーユルレー」
「るせえこのエセ吸血鬼が」
「ひどいよーー」
「鼻っ柱へし折って欲しいのか?」
 ぼきぼきと指を鳴らすユルレの表情にテュルは数歩あとずさった。
 笑ってる。
 ものっすごい壮絶な笑顔を浮かべていらっしゃる。
 つまり、本気だ。
 本気と書いてマジで、そろそろやめないと鼻っ柱へし折られる。
「ごめんなさあい。もう起きるからゆるして?」
 テュルはへちゃっと笑って両手を上に掲げた。
 内心冷や汗だらだらな上、せっかく気持ちよく眠っていたのをベッドから蹴り落とされてその勢いで階段転がり落ちたもんだから体中が死ぬほど痛かったがそんなことは言っていられない。
 この間、ネイドがユルレに鼻っ柱をへし折られる程度じゃすまない大怪我をさせられていたのをテュルはばっちり見た。次の日には見事に全快していた気もするが、彼はそういう人種なのだと無理やり納得している。彼は自分とは違うのだきっとそうだ。
「……ったく、凝りもせずに毎日毎日」
「てへ?」
「へし折って欲しいらしいな」
「ゆるしてーーー」
 笑いながらユルレから逃げるが、……その笑みは思いっきり引きつっていた。






「あら起きたのね、おはようテュル。……ってどうしたのよそのたんこぶ」
「えへへ」
「ちょっと一発な」
「あんた、本当に子供にも容赦ないわね……」
 階段を下りてくる二人を見て、食堂で四人分の席を確保していたレミールはとりあえず、呆れた。
「ネイドの野郎はどうした?」
「この街カジノがあったでしょ。嬉々として出てったけど……まあそろそろ帰ってくるんじゃ」
 ないかしら。レミールが言いかけた丁度その時、宿の扉を一陣の風が通り抜ける。ネイドはふわりと浮かびながら、……ものすごい勢いでユルレに抱きついた。

 みし。

 反射的にネイドの顔面に裏拳を叩き込んで撃沈させて、ユルレは用意された席に座る。
「で、いくらスった?」
「……人を撃沈させといて言うセリフがソレかい……」
 裏拳の衝撃で血の出始めた鼻を押さえながらよろよろと浮かび上がるネイドに、レミールも呆れた風に言った。
「あんたもいい加減学習しなさいよ……で? いくらスったの?」
「えー、僕たちまたスッカラカン?」
「ええい皆揃ってスったスった言いやがってー! これを見ろ!」
 あまりの言われようにぷりぷり怒りながら(似合わない、とユルレとレミールは同時に思った)ネイドが背負っていた袋を地面に下ろす。子供用の椅子の上に立ってテュルが中を覗き込むと、中に入っていたのは自分たちの武具だった。
「えー、これどうしたの?」
「フッフーン、今日はもうガッポガッポ儲けたからその金で装備新調してきたのサ! もちろんまだまだ金は余ってるぜ」
 ニヤリと笑いながら自分の財布から札束を見せるネイド。
「そうかそうか、ならコレは今後のために取っとかねえとな」
 ユルレがその札束をさっと掏った。
「!?」
「おら、レミール。管理しとけ」
「まっかせて☆」
「おいこらちょっと待て!」
 いい笑顔で受け取るレミールに固まっていたネイドが抗議しだす。
「あら、何か言いたいことでもあるの? こないだ一文無しになったネイドさん」
「うぐっ」
 が、そのレミールにやっぱり笑顔で切り返されて、詰まった。
 どうも数週間前に全財産を賭博でなくしたときのことをいまだ鮮明に覚えているらしい。反論できずにがくっと肩を落とすネイドに、テュルはその肩をぽんと叩きながら言った。
 子供らしい、いい笑顔だった。
「いつかいーことあるよ」
 ……空しく入り口から吹いてくる風だけが今のネイドの友だった。
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ターン:???
 彼ら四人の『本格的な』行動時間は、主に夜だった。

「――そこで俺は言ってやったのさ。『金も玉も竿もついてる野郎がそんな小さなことに拘ってんじゃねえ!』ってな」
「わー、ネイドかっこいい!」
「下品なことこの上ねえだろうが」
「……まあ、あたしがいる場で自慢することじゃないわね」
 寂れたはずの食堂も今は少しとはいえ賑わいを見せている。
 ネイドとテュルで我先にとメニューを注文していく中、ユルレとレミールはうんざりといった様子でその様を見ていた。
「……少し金が入るとすぐこうだな、こいつらは」
「育ち盛りなのねー」
 はう、とため息をつくレミールも一応『育ち盛り』といっても問題ない年齢だ。
 輝く太陽のような橙色の髪は、ゆるくウェーブをかけたまま腰の辺りでひとつに留められている。その髪を留めている装飾と同じ色、大海を映した色の瞳が物憂げに細められた。
「そんなだから金がすぐになくなるっての、わかってるのかしら」
「わかってねえから今こうして食ってるんだろうよ」
「……やっぱそうよね」
 ユルレの髪はレミールとは対照的に、ふと雲に翳った月の色だ。ろくに手入れもしていないのに滑らかなそれを彼は腰あたりまで伸ばしているが、それは願掛けをしているわけではなく単に切るのが面倒だからだ。髪と同じ何処か翳った金色の瞳は、自分の注文した簡素な肉料理を映している。レミールも釣られて自分の頼んだサラダを見るが、双方共にあまり減っていないのは単純に残り二人の食いっぷりに胸焼けをおこしたからだ。
 ちなみにユルレもレミールも料理は苦手分野である。テュルは子供だから論外と来て唯一料理を作れるのがネイドなのだが、『他人の作ったメシが一番美味いの俺』という理由で殆ど自分で作らない。故に少々高い宿屋に泊まり女将の手料理を味わうわけだが、そのおかげで金の消費が少々激しいのはユルレとレミールにとって頭の痛いことであった。
「女将さんこの煮付けおかわりー」
「僕もごはんおかわり!」
 ネイドとテュルがまた競うようにおかわり合戦を始める。
 ……レミールは、大丈夫とは知りつつ財布の中身を数えた。
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ターン:???
 燦々と太陽が照り、これこそまさにピクニック日和という頃。
 つまり昼は、彼らはあまり動かない。
 精々が、野原を散歩だとか、宿でのんびりだとか、冒険だとか戦闘だとか財宝発見大勝利だとか、その程度だった。

「いーよっしゃあ! このネイド様のカンはいつでも冴え渡ってるぜ!」
 暗い洞窟の最深部、祀られてあった宝箱を発見したネイドが腕を振り上げ叫んだ。
 彼は自称有翼種である。などと言う割に翼を持っているようには見えないが、実際に浮かんではいるので少なくともテュルたち三人はその主張を否定していない。
 白い髪、金の瞳。その長髪を洞窟の入り口から吹き込む風に靡かせ、何処か危険な光を宿す瞳をきらりと輝かせ、ネイドはその勢いのまま嬉々として宝箱の開錠にかかった。様々な太さの針金を出していく彼を見ながらテュルは首をかしげる。
「なんで僕がやってもだめなのにネイドがやったらせいこうするのかなあ……」
「そりゃあ、経験の差じゃないかしら。あと天性の才能とか。ずる賢さとか」
「ちょっとレミちゃん。何かなそのずる賢さとゆーのは」
「はいはい、無駄口叩いてないでとっとと開けなさいっての」
「ちぇー」
 ぶーたれながらもやはり集中したいのか、後ろを振り向いていたネイドは再び宝箱に向き直った。
「ずるがしこさかあ、じゃあ僕だとむりだねー」
「うん無理無理ー……ってちょっと待てい」
 向き直ったそばからまた振り向く。
「えーだってー、僕ネイドみたいにナンパのためにおばかなことばっか考えてはしっぱいしたりなんてしないもん」
「いいいい言いやがったなこのやろー……!」
 だが反論できないネイドは歯軋りしながらも鍵穴を覗き込んだ。
 そんな彼が『自称』有翼種であるのに対し、テュルは小さな子供ではあるがれっきとした吸血種である。ほんの少し常人より尖った耳、尖った牙、そして背から見える蝙蝠型の翼と血のように赤い大きな瞳がそれを証明している……が、吸血種とはいえ末裔の末裔のそのまた末裔、とにかくその血が薄い為かその他の吸血種らしき特徴は殆ど備えていない。つまるところ、日向ぼっこ大好きニンニク大好き十字架大好き銀製品大好き、なのである。ほんの少しで構わないとはいえ吸血だけはどうしても欠かせないため、一ヶ月に一度ほどの周期でユルレから血を貰っている。
「……」
 ちなみにそのユルレは昼間は自我を持たない。くすんだ瞳を更にくすませ、無表情のままテュルの後ろに付き従うのみである。

 その時、ガチャリという鍵の開く音と共に宝箱が、……動いた。
「げ」
 ネイドの少々焦ったような声。
 やたら重苦しい響きをあげてゆっくり宝箱が開いていく。まるで開けた者を捕食する口のようなそれ……否、『口のような』ではない。ぎざぎざのまがまがしい牙がついた『口』である。冥い底からべろりと舌が出て、目と思しき白い二対の丸が光る。
 がばあと開かれた『生き物のような宝箱』、それはつまり。
「……ミミックだ!」

 がちん!

 ミミックの牙と牙を合わせる音が響いたのは、正に一瞬前までネイドがいた場所だった。
 叫んだと同時にとっさに空中へと飛びのいていたネイドはさっと愛用のダガーを五本ほど取り出し、ミミックへ向けて一斉に投げつける!

 どすどすどすっ!

 全てが箱の頂上部に命中したにも拘らず、痛がる様子を少しも見せないミミックにネイドは舌打ちした。
「ちっくしょ、やっぱ箱側に痛覚なんかねーか!」
「……地の神々よ天の神々よ、あたしの言葉を聞きなさい」
 後方ではレミールが呪文の詠唱を始めている。こんな命令口調でいいのかとテュルは思ったことがあったが、しかし彼女の魔法はこれで発動しなかったことはなかった。
「あたしは魔女、天に伸びる地の塔に棲む魔女。あたしの言葉に耳を傾け、あたしの敵を打ち倒しなさい……」
 右手を天に、左手を地に向けて伸ばしたレミールは、その両手をゆっくり目の前へと持っていき……そんな隙だらけの彼女めがけてミミックが突進をかける!
「やあっ!」
 ミミックが彼女の元へ到達する前に、テュルが横から渾身の力でミミックを殴りつけた。彼の持つ『改良版・ひのきの棒』から発される衝撃波がミミックを壁際まで吹っ飛ばす!
「……『嘆きを』『燃やし』『尽くせ』」
 詠唱を終えたレミールの瞳がきらりと魔力に輝いた。
 合わせていた両の掌を勢いよく開くと、何処か不可思議な木で作られた杖が出現する。
 それを右手で強く掴むと、杖の先をようやく起き上がったミミックへ向けた。
「――"Blaze Rush"!!」

 ぼうんっ!

 杖の先から橙色の炎の弾がいくつも飛び出し、ミミックの口に目に舌に木の部分に一斉にぶち当たっては消えていく。燃えながら嫌がるように激しく身を震わすミミックを見て、更に詠唱を始めるため杖を構えなおしレミールは笑った。
「ふふんっ、やっぱり木目の宝箱には炎ね! いい感じに燃えてるわ」
「おい、中のお宝まで燃やすなよ!」
 相変わらずの上空からネイドが叫ぶ。ミミック種は基本的に宝箱に擬態しているだけで本当に宝を持ってはいないのだが、たまに本当に何かを持っている場合がある。それが何かは倒してみないとわからないし、そもそも普通のミミックと宝を持つミミックの違いなど分からないのだが、ネイド曰く見分ける基準は『お宝の匂いがするかしないか』らしい。割と基準は謎だが、彼のその基準に沿ってきたが故に今まで何も持たないミミックに遭遇したことがないということも事実だった。だからこそレミールは叫び返す。
「どーせロクなもの入ってないじゃない!」
 ……本当に何か持っていたとして、それが貴重なものや実用的なものである可能性は実は殆どない、と言うこともまた事実だった。たまに貴金属を持っていることもあるが、大抵はたまたま溶けずに残っていた何かの骨だとか、誤って飲み込んだ石だとかである。
「……い、いーからちょっとは手加減しろよ!」
 彼自身そのことは痛いほど分かっていたのか、一瞬詰まってから更に叫び返すネイド。そしてようやくミミックに向き直った。かなり焦げ付き炭化している部分まであるが、まだまだ倒れそうには見えない。むしろ傷ついたことに興奮しているのか、窪んだ白のみの目が赤く染まりだしている。
「はいはい。……風の神々よ炎の神々よ、あたしを敬い従いなさい。あたしは魔女、天と地の神を従える魔女――」
 再びレミールが呪文の詠唱を始めたが、先ほどとは少し毛色が違う。その詠唱からなる呪文の効果を知っているテュルは、先ほどから全く動いていないユルレを見上げた。
「おまえたちの心のままに、あたしたちの想いのままに、敵を討つ力を分け与えなさい」
 ネイドがまたダガーを投げる。そのうち一本がミミックの舌に刺さり、耳障りな叫び声をあげさせた。
「っしゃ、ナマの部分にゃ痛覚があるか。テュル!」
「うん!」
 彼の呼び声に頷くと、テュルはのたうつミミックに向けて駆け出す。ミミックが再び体制を整えるより一瞬早く、彼の棍が勢いもよく振りあがった!

 がんっっ!

 その勢いのまま上の牙の部分に到達した棍はミミックの上半分を大きく後ろに仰け反らせる。そして目と舌と闇の部分が露わになった丁度その時、レミールの魔法が完成した。
「『友よ』『風と』『舞え』。――"Flame Surround"!」
 彼女が唱えると同時に杖から巻き起こった炎は、隣にいたユルレを……いや、彼の剣を包んでいく。見る間に炎の剣と化したそれを見て、横に飛びのきながらテュルが叫んだ。
「ユルレ、とどめっ!」
 どこか命じるような響きの声と全く同時にユルレが地を蹴る。見る間にミミックの前へ到達すると、左手の剣を握り締めた。

 ――。

 音すら追いつかないと錯覚するほどの速さで、ミミックの目と舌を同時に貫く。剣の途方もない熱と炎に、息絶えたミミックの顔と思しき部分が崩れていった。
「もういいよ」
 横でそれの始終を見ていたテュルがユルレを見上げて言う。彼はまた言葉と同時に剣を抜くと、一旦振って炎を消してからいつものように腰に吊り下げた。
「さてさて、何を持ってるかなーっと」
 ようやく空から降りてきたネイドが嬉々とした表情でミミックの中を覗き込む。底には所謂胃液などが残っていて迂闊に触ると危険なはずだが、気にも留めず素手で中を漁り始めた。やがて何かを掴むと手を引き上げ、それを確認する。
 ……まじまじと見つめたあと、掴んだまま右手を掲げてガッツポーズした。
「いよっしゃあー! いい感じにビンゴだぜ!」
「え、なになになにがあったのー!?」
 まさに感無量と言った面持ちで叫ぶ彼の元へ、と言うより彼の右手に握られたままの宝物らしきものの元へテュルが駆け寄る。ねだられて右手を開いた。
「へー、指輪?」
 どこからどう見ても指輪だった。穴の大きさからして女性用で、控えめながら見事な銀細工と嵌められた青い魔法石がそれの価値を感じさせる。
「……魔力が込められてるみたいね。よくミミックの中で無事だったもんだわ」
 興味深げにレミールがそれを上から覗き込む。
「あたしが貰っていい? 詠唱補助してくれる指輪なんてあたししか使えないでしょ」
 魔法石の効果まで一瞬で見抜いたようだったが、ネイドは彼女の発言に首を振った。
「今は駄目だ」
「ちょっと何でよ! あんたたち魔法使わないじゃない! あたしにくれたって」
「今はって言ってんだろ! 後だ後!」
「そんなこと言って、あたしがいない間に質屋に売ろうとする気じゃないでしょうね!」
「使えねーモンならともかく使えるモンを売るかよ! そーじゃなくて」
 右手に乗せたままの指輪めがけてびっしと左の指を差し、一言。

「胃液でベトベトなんだよ。やめとけ」

 ……ちなみにネイドの右腕は、肘まで胃液でベトベトだった。
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明けた夜と光と闇
「――ちょっと! どういうことよ!!」
 娘は叫んだ。
 このようなことがあるはずはなかったからだ。
「――君の気持ちも尤もだと思う。でも、これは俺達の問題だ」
 目の前に座り込む青年は、見たこともない穏やかな笑みを浮かべている。
 その後ろに佇む男も、その横に立つ少年も、同じような笑みのまま、彼女を見つめていた。
「こんな怪しい僕たちの素性について聞くこともなく、一年もの間一緒にいてくれたね」
「……詫びる言葉もねえが、せめてこれからの幸せを祈らせてもらう」
「僕たちにずっと付き合ってくれて、ありがとう」
「数百年振りに、楽しい時を過ごさせてもらったぜ」
 娘は焦燥も顕わに三人に向けて手を伸ばしたが、目視できない壁のようなものがその手を遮る。
「数、百年……? ちょっと、待ってよ」
 その壁に手を着いたまま喘ぐ。三人は微笑を崩さないままで、そして青年は立ち上がった。
「俺達は、ずっと時の呪縛から抜け出せないでいた。自由に動いているように見えて、それは自由なんかではとてもなかった、しかし何よりも自由だったその呪縛の中で、俺達は他の人々の言う九年を生きて……そして君が現れた」
 話の見えない青年の言葉。娘は黙って聞いているしかなかった。娘の立つ地は間違いなく先程まで四人で来ていた忘れ去られし森の祭壇である筈なのに、壁の向こうは闇に閉ざされ、彼らは暗闇の中に立ち、それでも皆瞳に強い光を湛えている。
 少年が言葉を続けた。今までの拙い言葉遣いが嘘のような、不思議に優しい声だった。
「君は一つの光だった。単純な属性の話じゃない。本当に君は、僕らにとっての光だったんだ。……僕らは皆闇だったから、君の光にとても憧れた」
「テュル?」
「だからお前に『パーティを組まないか』と誘った」
 娘の問うような声に重ねるよう、更に男が少年に続いた。
 男を見て、娘は空を見た。……木漏れ日となって注ぐ太陽の光が、眩しかった。
「……ユルレ……? あなた、今昼……」
 男は笑っただけだった。
「どことも知れない町の、夜の酒場だったな。金がないから掲示板に張ってある盗賊団退治を一人でやってやると意気込んでいたお前を見ておれは呆れたものだ。今ならそれぐらいやってのけただろうと思えるが、何も知らない者から見たらあの時のお前は単なる無謀な小娘だった。だから見かねて言ったのだろうとお前は思っていたかも知れないが、本当は皆お前の光に焦がれただけのこと」
 その時のことを思い出したのか、青年がいつものようにけらけら笑い出した。
「あん時ゃあ面白かった。そりゃあ面白かったぜ、何しろお前が話しかけた途端にセイントランだもんな。不意を突かれて吹っ飛んでいく様は痛快だった!」
 大きく手を広げながら、な、と彼が少年を見ると、少年も笑っていて、娘は男を見たが、当の男もくつくつと喉を震わせ笑っていた。
「あれは死ぬかと思ったな」
「俺も死んだかと思った」
「僕は思わなかったからこのまま乱闘に発展したらどうしようって思った」
「ちょ……ちょっと、あんたたち」
 娘が呆気に取られながらも何とか言葉を発すると、悪い悪いと言いながら青年は娘に向き直ったが、顔はまだ笑っている。
「あれから時は動いた」
 顔はまだ笑っていた。
「動いたんだ。呪縛なんざなかったかのように。テュルはゆっくりと成長して、ユルレは日が昇る間は動けなくなって、……俺は髪が伸びた」
「……ネイド」
 娘は彼を見た。背中の中ほどまでだった彼の白い髪は、確かに腰辺りまで伸びている。
 もう一度彼を見た。彼の顔はまだ笑っていたが、もういつもの笑みではなかった。どんな幸福な思いをすればこんな笑みが出来るのだろうという、そんな切なそうな嬉しそうな顔だった。
 壁向こうの暗闇が濃くなった。そう思って娘は彼らから一瞬目を離して、そしてようやく、暗闇が濃くなったのではなく、壁を挟んだこちら側が白い光に満ちているのだということを知った。
 そしてまた娘は壁にばんと手を突き、向こうの暗闇に入らん勢いで顔を向けたが、そこに三人の姿はなく、本当に黒だけが広がっている。
「……、ねえ! どこ!? どこにいるのよ、三人とも!?」
 娘は寒気がしだした。必死に暗闇を見渡す。周りの光に目をいられながら、壁のこちら側も見渡した。三人はいない。
 なのにどこからか届く声はただ優しかった。
「時が動いたが故に、おれ達はやらなければならねえ事に気付けた」
「だから、君を僕らは君の運命の時に連れて行ってあげる」
「もう絶対に会うことはねーけど、楽しかったぜ」
 ばん、もう一度娘は見えないのに通れない壁を叩いた。
 青年の言葉通りに、予感がしていた。脳裏で警鐘が鳴り響いている気すらする。ばんばんと、何度も何度も壁を叩いた。周りの白がいつの間にか彼女の視界まで覆い尽くしていて、本当に叩けているのかすら定かではなくなってきている。
「ありがとう、レミール」
 だから、その最後の声は果たして誰だったのか、娘には分からなかった。全員かもしれないし、本当は誰の声でもない、あまりに黒い闇とあまりに白い光の間から聞こえた空耳かもしれなかった。
「――テュル! ネイド!! ユルレ……ッ!!!」
 せめて声の限りに叫んだ娘の声は、しかし彼らに届いたかはわからなかった――






 ******






「――さっ、て」
 ……ネイドは、わざとらしく伸びをした。最早暗闇などではなく、先程までいた小さな祭壇の手前で、くるりと一回転してわざとらしく笑みを浮かべる。
「数百年、ってことはやっぱもう思い出しちまったわけ? ユールレさん」
「……もうおれはその名じゃねえ」
 ユルレは――いや、男は冷たい目で彼を見下ろした。立ち昇る殺気を隠すこともなくネイドとテュルに向けている。
「それでもなお話をわざわざ合わせてやったんだ、感謝しやがれ」
「やっぱりレミールのことは知ってたの?」
「……手前らには、もう関係のねえ事だ」
 テュルの言葉にも耳を傾けることなく、男は自らの剣を手に取る。すらりと抜き放つと、蒼い刀身が露わになる。脈動する魔の剣の切っ先をぴたりと――少年に向けた。
「冥途の土産にも、やる気はねえな」
「だろうね」
 テュルは微笑んだままだった。
「君が言った『僕らのやらなければならない事』。それは君が僕を倒し、再び時の呪縛に身を委ねる事」
「分かっているなら話は早い」
 男はゆっくりと歩を進めていく。テュルは一歩一歩彼に合わせて下がっていき、やがて祭壇に背中をつけて止まった。
「一つだけ、弁解してもいいかな」
 男も止まった。
「僕はあの時君に『彼』を倒す方法を教え、僕と組むことを拒否した君をしもべにした。そして『彼』をも従えた。それは確かだ。だけど、それからの日々は本当に楽しかった。それも確かなんだ」
「だからどうした」
「どうもしないよ。だからこそこれだけは言っておきたかったんだ」
「そうか」
 男は剣を構えた。それは防御を考えない突きの姿勢だった。防御をする必要もなかった。
 ネイドは腕を組んだまま二人を見つめて微動だにしない。
「あ、もう一言だけ」
 言ってテュルは子供らしい屈託のない、本当に屈託のない顔で笑った。
 最後まで男の目を見て笑っていた。

「……君たちがもう黒に呑まれることのないように、祈ってるよ」



 ――。



 木に留まっていた白い鳥たちが大きな羽音を立てて飛び去った後も、ネイドは微動だにしなかった。
 男が血すらつかなかった剣を祭壇に突き立て、ネイドをようやく見やったところで、彼もまたようやく口を開いた。
「俺は一つ聞いておこうか」
 何もない、とすら表現できるような、無表情だった。
「……あんたの中に、もうユルレはいないのか?」
「ユルレ、ユルレと煩い奴だ」
 不機嫌さすら表情に出して、男は鼻を鳴らした。
「もうそれはどこにもいねえ。分かってんだろ、――――――」
「あのな、―――――」
 彼らは互いの真の名を出した。
 ……否、真の名なのは片方だけだった。
「悪いけど、俺はもう――――――じゃねーんだよ」
「何?」
「俺はネイドだ」
 怪訝に眉を顰める男に、青年は……ネイドは言い放った。
「賭博が好きで宝箱が好き、女の子と遊ぶのも好きで当然仲間たちと遊ぶのも好き、そして色んな人々と接するうちに闇から自らを見出した、ただのネイドだよ」
「――ふざけたことを」
「俺は生憎大真面目だ」
「……もういい、話をすることすら苦痛だ」
 男は左手をだらりと垂らした。ぱり、という何かの弾ける音と共にその手に剣が現れる。
 やはり言っても無駄だったかと、ネイドは覚悟を決めた。
 言ったことは本当だった。現に、今は姿を見せてはいないが、確かに『彼』は『自分とは違うところから』ここを見ている。しかも忌々しいことに、楽しげに笑いながらだ。男が気付かないのは長年青年といたために同じ気配に慣れたせいだろう。
 ざくざくと、草を踏みながら男が歩いてくる。
 ネイドは少し苦笑した。
(あいつら、元気かな)
 数週間前まで談笑していた友人達を思い出しながら、ネイドはおもむろに座り込み、どこからか持ち出した荷物袋から品を取り出していく。
 全て、この数ヶ月で手に入れたものだった。懐かしそうに見やりながらまた全て戻していく。
 立ち上がり、そして最後に一対のダガーを取り出した。

 "Epilogue"はどうやらあっけないものになりつつあるようだった。
 勝っても負けても生きられはしないことを、この時点で青年は熟知していた。
 しかし、"Epilogue"までの道のりはあまりにも充実していた。
 それでいいではないか。
 そしてまだ、僅かな時間とはいえ、まだ舞台は終わっていない。
 ならばする事は一つだった。

「――俺はテュルみたく潔かないんでね。最後まで足掻かせてもらうぜ、ユルレ」

 今までの戦闘の時と何ら変わりないように、ネイドは不敵に笑った。






 ******






 ある大陸、ある港町の大きな酒場。
「……ねえマスター、この張り紙は何?」
「ああ、冒険者ギルドから回ってきてるんだよ。何でも北の森に厄介な魔物が出るらしくてなあ、倒した奴には懸賞金も出るぜ」
「へぇ」
 酒場の主人の話を頷きながら聞いていた娘の目がきらりと光った。
 そして張り紙をゆっくりと上から眺めていく。
 魔物の名前、姿形、出現場所、全て頭に叩き込んでいった。
 勿論懸賞金の額を叩き込むのも忘れない。
 ……叩き込んだついでに、主人に分からないように舌なめずりをした。
 ……彼女は今、とにかく金がなかった。
「へぇ、って。嬢ちゃん、まさか倒す気じゃあねぇだろうね。そいつはでかいし手ごわいし、しかも数も多いって噂だから、せめてギルドで仲間を募って」
「何言ってんのよ、分け前が減るじゃない」
 真顔で言う娘に主人は閉口した。娘は至って本気だった。
 とはいえ、流石に本当に一人で行くのは得策ではなさそうだ。娘はやはり仲間がいるかと考え、……ある思い出に思わず後ろを振り返った。
 酒場特有の喧騒が聞こえてくる。杯を掲げて雄たけびをあげる者、酔いつぶれたのかテーブルに突っ伏して眠る者、酒飲み勝負や腕相撲をする者もいれば大声で何か地図のようなものを売る者もいる。
 しかし彼女が思い描いていた人物たちはどこにもいなかった。
(……当たり前よね、あいつらはもういないんだもの)
 あれだけ手を尽くして探しても結局あの三人を見つけることは叶わなかった。あの時と今では五千年も時が離れているのだ、見つかる筈がない。それでも思わずにはいれなかった。
 小さく息をついてまた張り紙に目をやった時、いつの間にか横に誰かがいることに気がついた。驚いて娘がその方向を見ると、その人物も張り紙に興味があるらしく、主人に情報を聞いている最中だった。
 背の高い獣人の男だ。鎧を着けているところから見て、冒険者だろう。普通に話をしている今でさえ隙が窺えないところを見るに、腕が立たないわけでもないようだ。そして話に聞き耳を立てるに、彼も仲間を探しているらしい。
 主人との話を終えた後、彼女は男に張り紙の話を持ちかけた。彼女が魔法使いである以上前衛で守る者は必要だったため、丁度いい逸材がいたのでギルドへ向かう前にとりあえず持ちかけただけだったが、意外にも男はすぐに頷いた。何も考えていないのではないかと一瞬悪い予感が頭をよぎったが、すぐに娘は笑顔になった。
 基本的に始まりとはこんなものだ。
「あたしはレミール。あんたは?」
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PROFILE

Dungeon Dive 弄り同盟 Nm. Neid(No.195)
Sta. 流星のレッド

↑なんていうかなんていうか。

 DD/E-no:195 Neid
 FI/E-no:1346 Learga

 どっちもまったりじぶんペースで。
 リンクフリーです。
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