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「たっだーいまー!」
がちゃっ。
ネイドは勢いもよく部屋の扉を開けた。
「"Saint Run"!!」
どか。
……レミールの魔法が勢いもよく当たった。
「………………って何すんだよいきなりよ!」
「あらネイドだったの、おかえり」
「今更かよ! せめて対象確認してから魔法放ってくれよ! あまりの歓迎の仕方に今数秒倒れたまま硬直してたよ俺!!」
「そうねーアンタだってわかってたらもうちょっと上級の魔法使ったのに」
「殺す気!? ……ていうか何やってんの二人して」
鼻を押さえながら起き上がり叫んでいたネイドはレミールとテュルを見て少し半目になった。
二人して木目の床に座り込み、ハートだとかスペードだとかの模様がいくつか描かれた奇妙なカードを一部を床に置き残りを二人で持ち、それぞれから一枚ずつ引いていって同じカードが二枚揃えば床に置く動作を繰り返す、詰まる所。
「ババ抜きだよ。ネイドやる?」
「途中で乱入なんてしねーよ」
トランプを見せてくるテュルに(ネイドはその中にジョーカーを発見したがレミールの手前黙っておいた。二人でやっている以上彼女も気付いているのだろうが)軽く手を振って拒否の意を示してから、ふと部屋を改めて見回した。
安い宿の一室、だけあって簡素なのは彼らが初めて訪れたときと変わらない。ただその中に、……何か素材のよくわからない布にこれまた素材のよくわからない塗料で描かれた魔法陣だとか、明らかに何かやらかそうとして失敗したものだとわかる真っ黒な塊だとか、何か作ろうとして途中で放棄したらしき檜の棒だとかが追加されているのがなんというか、気になる。
しかしこれは聞いてはいけない。下手に聞いたら自分が魔法の実験台になったり合成の実験台になったりする可能性がないわけではないのだ。ネイドは別の話題を出した。
「ユルレはどったん?」
「隣の部屋でぼけーーーっとしてるわよ。あいつ『ばばぬき』何度誘っても断ってくるのよ」
(そら断るだろうよ)
あんなガタイのいいのが女子供に混じって平和にババ抜き。考えただけで微妙な気分になったので、そのままネイドは笑顔で部屋を出た。
「やっほうユルレん」
先ほどまでいた隣の部屋から叫び声が聞こえたのは無視することにして(恐らくレミールにジョーカーがいったのだろう)、まずは背負ったままだった荷物袋を部屋の端へ置く。それからネイドは呼びかけても静寂しか返してくれないユルレを見た。彼は自分のベッドに座り込んで、窓から見える空をぼんやりと眺めている。……ように見えてどうも眠っているようだった。窓の方向を向いた頭が時折かくんと下がっている。先ほどまで小雨が降っていたせいもあり、月明かりは殆どない。
ネイドは荷物袋から目的の物を掴むと、ユルレのすぐ隣に、起こさないようそっと座り込んだ。
出した物を口に当てる。
ぷうぷう膨らませる。
ぷうぷう。
ぷうぷう。
そうして膨らんだものをユルレの耳元へと持っていく。
……せーのと掴んでいないほうの手を振りかぶり、
ぱぁん!!!
「おあっ!?」
……耳元のとんでもない音量に、思わずユルレは飛び上がりそうになった。
とりあえず、これでもかと目が覚めた。覚めまくった。ということを確認したネイドは、にこやかに大音量の元、っていうか、紙袋、をひらひら靡かせながら言った。
「オハヨウゴザイマスv」
……起きた早々鉄拳が飛んだ。
「……暴力的、なんだから……」
「どっちがだ?」
よほど痛かったのか再び鼻を押さえながら(指と指の隙間から血が垣間見えていたことについて、ユルレは見なかった振りをした)、ネイドはよろよろベッドに座りなおす。その様にふと違和感を感じたユルレは、思ったことをそのまま口に出した。
「……今のは避けられただろう、お前」
『避けられる攻撃はツッコミだろうが暴力だろうが全部避ける』という微妙によくわからない信条を持っているネイドにしては珍しいと思っての言葉らしいそれに、ネイドはどこか生暖かい笑みで返した。
「ああ、うん。なんか知らん間にボケとツッコミを体張って受け止める体質になっちゃったっぽい?」
微妙にユルレから目を逸らしている。きっと彼の脳内では『弁慶の泣き所アタック』や『ロダン(×2)シュート』やその他諸々がフラッシュバックしていることだろう。
そんなネイドの心情などこれっぽっちも知らないユルレは、しかしその件はとっとと切り上げ、座りなおしてベッドをきしませた。
「金はどうだった」
そう、別に妙な体質になるために行ったわけではなく、あくまで目的は金だった筈だ。ユルレが言うと、今度は得意げな笑顔になったネイドが自分の手元に荷物袋を引き寄せ、がさがさ漁る。
「ジャーン!」
じゃら、という重たい音に合わせて取り出された皮袋が揺れる。ユルレの目が僅かに見開かれた。
「……幾らだ」
「金貨二百枚」
ストレートな問いにも満面の笑みで答えるネイド。
「あとな、鉄で出来た扇だろ、簪だろ、惚れ薬だろ、点棒だろ、それから」
ぽいぽいと、それこそ山となりそうな量の荷物を小さな荷物袋から出していく。……金貨以外全て下らない物のような気がしたユルレは、しかし口を挟みはしなかった。
彼らが座り込んでいるベッドの隣、つまりネイドのベッドにごちゃりと詰まれた荷物。よくまあここまで詰め込んだものだ、そう思いながらそれらを眺めていたユルレは、ふとその中の写真に目を留めた。
「……」
……思わず眉を顰めた。
「何だこれは」
「スク水二号とガーターベルトのラビリンス」
しれっと即答するネイド。写真にはネイドとさほど歳の変わらないように見える……少年たち、が、いわゆるスクール水着(それも女物だ!)やガーターベルトを装着した姿が映っていた。ユルレは目を逸らした。窓を見たが相変わらず月は雲に隠れたままだ。
「……お前」
ややあって、何かに呆れたかのようにため息を一つついた。
「いつのまにこんな趣味が」
……実際に呆れているようだった。
「俺じゃねーよ」
「写真持ってる時点で同罪だろうが」
「あーうん、まあ」
ネイドは言葉を濁した。『自分もさせられたから腹いせに』という言い訳のような事実は何とかして喉の奥に仕舞いこんだ。ちなみに目の前の彼はその事実もなんとなく察していたが、人の心を読めないネイドにわかるわけもない。ユルレに倣って窓を見たが特に面白いものもなく、また彼は視線を戻して写真を荷物袋の小物入れに突っ込んだ。突っ込んだのを見届けたところで、ユルレが口を開いた。
「で」
……一言。
ネイドは荷物袋から手を離し、ユルレのベッドに座りなおすと、そのまま勢いよく後ろに倒れこんだ。ぼふっ、という音と共にシーツに沈み込む。同時にぎしっと言う音もしたのは、単純に安い宿だからだろう。
隣の部屋から楽しそうな笑い声が聞こえる。テュルだ。あれはあのテの勝負事には強かったなと沈み込んだままネイドは思った。カジノに行けば俺より稼げるんじゃないのか。イカサマを抜いたらの話だが。
ネイドは答えた。
「楽しかったぜ」
「そうか」
また一言だけ返ってきて、それだけかよと思わず呟く。そんな彼を一瞥した後、相変わらずの仏頂面を崩さないままユルレはため息を、もう一つついた。そうして口を開く。
「で」
また一言だけ。
面白くなさそうな表情をしたネイドの顔をあえて見ずに、もう一度同じ言葉を呟く。
「……へいへい」
唇を尖らせて、腕を頭の上へやるネイド。その腕を前へと大きく振り、勢いで沈み込んだ状態から起き上がる。
「何から話そうかね」、と手を口元に当てながら座りなおした。
「――酒場、あ、えーっとな、『火猫亭』っつー、街の真ん中あたりに位置する酒場なんだけどさ、そこでお前に言った地図買ったわけよ。メンバーは俺含めて三人。一人は冒険者とは思えない素朴ーな感じの女の子。……見た目に騙された気がしなくもなかったけど」
「失礼な奴だな」
つい口を挟んだユルレ。
「いや、……うん、そうだな、失礼だわ俺。でもトカゲ人間を料理にしようとしたりクロロホルムとか言いながら睡眠薬持ってニコリと無邪気な微笑み見せられたりすると、ほら」
「分かった、もう何も言うな」
「分かってくれたか」
「レミールの素朴版か」
「……う、うーん……?」
たしかにレミールはあの少女より邪悪だ。いやしかしその表現は。ネイドは思った。
「……まあいいや、うん。で、もう一人はこれまた冒険者とは思えない綺麗系の美少年」
「何か悪いもんでも食ったか」
「いや俺が綺麗とか言ったら悪いのかよ!?」
また口を挟んだユルレに思わず反論するネイド。
「……悪いっつうか、お前の口からそんな言葉が出るだけで寒気が、美少年てお前」
「なあ、ユルレん、キミ今まで俺にどういう印象抱いてたんだい、ねえ」
いいけどどんな印象でも。口を閉ざした相棒に肩を落としながらも彼は続けた。
「……結局最後まで人形っぽい印象は抜けなかったなー。錬金術師らしいけど、そういやそれっぽいことやってんのも見たことねーわ。それよりツッコミがとにかく冴える奴でな、ああでもたまに妙な方向にツッコんだりボケかましたりしてたなあ、見てて飽きない系」
「能力より先にボケツッコミか、お前は」
「楽しいほうがいいじゃん?」
にっとネイドが笑う。
同時に隣から再び叫び声が聞こえた。今度の叫び声もレミールだが、それにしてもただのババぬきにソコまで叫ぶこともないだろうに。ネイドはちょっと笑みを引きつらせた。
「その三人で『ダンジョン』に潜ったわけよ。その扉の鍵関連でいきなり謎かけがきたけどもまあそれは軽ーく突破して、さくさく進んでるとトカゲ人間が通路の向こうからガー」
「料理したのか」
「してないしてないさせたくない。でそれもまた軽ーく倒して、ずんずん行くわけよ。地下通路。次にきたのが店」
「……遺跡に?」
「イエス。地下遺跡に店。それも肉屋」
「トカゲ肉か」
「残念。トカゲ人間がやってる肉屋」
「なら人肉か」
「ピンポン。ちなみに金貨二枚だったはず」
「誰も行ったことのないダンジョンじゃなかったのかよ」
肉が売られるってことは人が中に入ったってことじゃねえのか。ユルレは嘆息した。
「んなの嘘っぱちに決まってんじゃん? 外の人間襲ったのも考えられるけどあいつら基本的に太陽の下には出ねーからなー」
当然のことのように言うネイドに彼はもう一度嘆息した。
「……買ったのか」
「買ってどうすんだよ」
びし。左手の指をそろえ、そのままユルレに向けて手首だけ振る。
ツッコミのつもりらしい。
「食いかねねえだろ」
「だから一体俺のことを何だと……いいけど」
ユルレと同じように嘆息した瞬間隣の部屋から大声が響いた。宿の人にそろそろ迷惑ではないだろうかと二人して思ったが、二人ともあの空間に出入りする勇気はなかった。
「えーと、で、何も買わずに店を通り抜けたら、今度は薬屋」
「最早何でもありだな」
「なんでもありなの。風邪薬と睡眠薬とトカゲ除けと惚れ薬の四種類しか売ってなくてさー、そんな品薄でいいのかと思ってたら美少年が言ってくれたよ。とりあえず各々なんか買おうかってことになって、そこの」
「惚れ薬か」
「イエース」
「嬉々として買っただろ」
ネイドは目を逸らした。
「ついでにその連れ二人に使うつもりだっただろ」
更に目を逸らした。図星だった。
「いいだろ。惚れ薬は男のロマンだ」
「アホか。お前にしか通用しねえロマンだろそれは」
「俺はユルレんにだけ通用しないロマンな気もするけど。何なら飲んでみる? レミちゃん連れてくるから」
「やめろ、寒気がする」
本当に嫌そうに言うものだからちょっとネイドはレミールを哀れに思った。
「ちなみに惚れ薬、連れには使わなかったぞ」
「連れ『には』か」
「ドワーフに使った」
「はあ?」
「いやあ俺も良く分からんかったけど、なんかオサが病気とかで救世主な俺がたすけてくれるはずだからなんか薬くれ言うから、オーケイな勢いで」
「……大惨事か」
「と俺も思ったんだが、何故か普通に治ってくださった」
「特に惚れもせずか」
「ん。なんかダンジョン攻略の手がかり教えてくれたから、とりあえずメモって進んで、そしたら罠部屋よ。よくあんだろ、扉が閉まって天井が落ちてくるの」
「……あるな」
普通の天井ならまだましだ。下手をするとトゲがついている上、そのトゲに毒が塗られていることすらある。ユルレは思い出してから目を閉じた。「ちなみに普通の天井な」、と、見抜いたようにネイドが付け足した。
「入り口の扉と同じような感じの、具体的に言うと三つのダイヤルが鍵代わりで、該当する数字を其々合わせないと扉が開かないんだが、いきなりオサがおしえてくれた手がかりが役に立って」
「……狙ったか、オサ。演技かむしろその病気って」
「俺も思った。でダイヤル合わせてそこも抜けて、――勘に頼るなって怒鳴られたからしかたなくまじめにやったよちゃんと、進んで、進もうとして、俺はある特有の空気を感じて思わず足を止め」
「ダンジョンなのにカジノまであるとはな」
見事に言おうとしていたことを言い当てられてしまったネイドは閉口した。
「何で分かるんだよ……」
「九年もそのテのことで頭悩まされてりゃあ、嫌でもな」
「てへ☆」
悪びれた様子もなく笑ったネイドを見てユルレはベッドに立てかけていた剣をすらりと抜いた。
思わず硬直するネイドに、振りかぶりもせず即座に振り下ろす。
……シーツに当たる直前で、ユルレは剣をびたりと止めた。
そのまま壁際を見やると、自身のベッドのシーツを握り締めるネイドが映る。
「お、お前なあ、あぶねーだろ!!」
「いや」
ユルレは目を閉じると、空振りに終わった愛剣を鞘に収めた。
「その仲間とやらの当時の無念を思うと、つい手が勝手にな」
「いや稼いだから俺」
「やっぱりやってんじゃねえかよ」
「まあまあ。でカジノ……丁半賭博しかやってない上に一度しか出来なかったんだよな、それがもう未練が未練が、いや、とにかくカジノを出たらエルフ君が現れて」
「今度はエルフか」
「ん。俺と同類の。金が尽きたから金貨貸してくれってんで、とりあえず俺は担保とって一枚パス」
「担保?」
「ん」
頷くと、それから思い出したように「そうそう」と呟いて手を叩き、懐をがさごそと漁る。ユルレがそんな彼を胡散臭げに見やる中、ようやくネイドは目的の物を取り出した。
「これさ」
「……鍵か」
取り出されたのは、梟の装飾が施された豪奢な鍵だった。素材も銀で出来ており、確かに担保としては申し分ないかもしれない。
「まあ渡した金も即使ってきちまってたけどなー」
……けらけら笑うネイドにユルレは右掌で顔を覆った。これだから賭博というのは。
「ちなみに女の子は金貨渡さなかったけど美少年は無償で渡してたぜ。あれは渡すって言うべきか甚だ疑問だったけども」
「どういう意味だ」
「あっちいけ言いながらエルフくんに金貨一枚剛速球」
「……」
ユルレは右掌で顔を覆ったままがくりと頭を下げた。
「この世界のツッコミは金貨が主流か」
「……それは違うと断固として否定させてもらうよ」
「冗談だ」
ため息を一つ。
仄かな灯りに窓を見ると、ようやく雲の合間から月が見え隠れしだした。
「……ユルレんが冗談なんて。明日はこの辺一帯雷が落ちるな」
「今落としてやろうか」
「ごめん俺が悪かった。で、剛速球喰らったにも拘らずエルフ君は超感激したらしく」
「Mか」
「俺も思った。……感動したエルフくんが感謝の言葉を述べたので、熱くなってる美少年を横目にそれをメモる俺」
「……何だ、またヤラセの予感か」
「まさにドンピシャリで、賭博場の奥の通路を進むとエルフの聖域」
「誰の陰謀だ」
「結局分からずじまい。教えてもらった合言葉を言って中に入らせてもらったけど、中も別にそれまでと変わりなかったんだよな」
「長い通路か」
「ん。それとドラゴン」
「待て、思い切りそれまでと変わってんじゃねえか」
「や、ちげーよ、今まで通り広い部屋があってそん中にいたんだよ」
「変わりねえよ。いたのかこの世界、竜」
「割とその辺竜族の冒険者うろうろしてるぜ。夜出歩いてなかったのか?」
「あの二人を宿にほっぽって一人遊べってか」
「うん。だって全く問題ねーだろ。……遊ばなかったのか、心配性たたって」
「……」
その二人がいる隣の部屋からの声は「ふっふーん! あんたが大富豪で強いカードしか持っていないこの状況、今からが本番よ! 『革命』!!」「あまいねレミール! 僕にはこのきりふだがある!」「か、『革命返し』ですってえー!?」だとか言って、終始叫びっぱなしだ。ババ抜きから大富豪に移行したらしいが、それにしても時間的にそろそろ寝てはどうだと思ってしまう。勿論それは自分たちも同じなのだが。
「……まあ、これから遊べよ。酒場にでも行って。でそのドラゴン、友好的に話しかけたら割と友好的に返してくれてな、……一部トカゲ除けなんて投げつけた輩もいたけどそれもまあ好物らしかったし、また情報くれたんでメモる俺」
「またか。どこまでヤラセなんだそのダンジョンとやらは」
「いや他はともかくドラゴンさんは単純に俺たちを冒険者と見て助言くれただけとは思うけども。また次の部屋で早速役立ったし」
「……今度は何だ」
「棺とかミイラとか」
「……聖域じゃなかったのか」
「あー、まあ、エルフの墓だったんじゃねーの? あれ持って帰ってお化け屋敷とか本当面白そうだったんだけどなー、棺が十五個だぜ、その中の一つは隠し階段だったけど多分残りは全部ミイラだしほら」
「ほらじゃねえ」
「ちっ」
真実残念そうに舌打ちするネイド。
「仕方なくミイラはほっといて隠し階段を降りたら、今度は東西南北四方向に通路の伸びた部屋」
「迷えってことか」
「いや、ヒントな石碑があったから全然迷わなかったんだけどもよ。石碑に倣って進んで、あ、石碑には四方向其々に三つの男女別れた石像があるから均等になるように進んでよーん的なことが書いてあって、均等っつったら男女同じ数にすりゃいいじゃん、俺たち男子二人に女子一人だったから男の石像一体と女の石像二体が待つ西方向に行ったのよ、行ったら石像が俺たち相手に踊るような形してて」
「お前は女の石像相手に踊る格好したと」
「ご名答。で、また隠し階段が現れて、下に行ったらまた石碑」
「またか。ネタが尽きたかダンジョン」
「……あの、流石の俺もダンジョンにまでネタを求めたりしねーから。今度の石碑には西から来たなら三人の男が待つ方向に行ったら聖域にたどり着けるわよーん的なことが書いてあっ」
「何でそうわざわざ妙な口調にしやがるのか、お前は」
「普通だと面白くねーじゃん」
おい、ばっちりネタを求めてるじゃないか。ダンジョンに。ユルレは思った。
「とにかくそんなことが書いてあって、男の石像が三つってのは北方向って上の階の石碑で確認してたから一旦北に行って、それからその階の真ん中、床の光る空間にゴー。俺勘違いして危うく一生ここでぐるぐる回るとこだったんだよ」
「……何だ、今度は通路でなく広々とした空間か」
「そうそう。真四角ってか菱形かな。その真ん中が何か光ってんの。たどり着いたらいつの間にかでっけー岩が頭上回っててすげえ吃驚したぜ」
「罠か?」
「いや、その岩がなんていうか目的の物っていうのか、喋ってきたんだよ、お前の求める物は依代くれたら何とかするぴょんと」
「今度はぴょんか、お前の頭は」
「その言い方だと今まで俺の頭がオカマだったみたいに聞こえるんだけど。えーと、依代なんてどうしようかなと思ってたらエルフくんに貰った鍵思い出してさ、これ差し出そうと思ったわけよ」
そう言って、梟の鍵をくるくる回すネイド。
「って、なら何で今持っていやがる」
「うん、思ったまではいいんだけどさ、これ出そうとするとき間違えて金貨落としちまって、鍵落とす前に金貨が床に消えちまったもんだから」
「……なんでそう、肝心なところに限ってミスを多発させるんだお前は昔から」
「言うなよ……」
彼は言ってからちょっと項垂れた。自分でも割と気にしているらしい。
「でもな、美少年はパーティの全財産どーんと床に落としやがったのよ、金貨五枚」
「……お前が落とした金含めても六枚か、全財産」
「そう、そのなけなしの全財産を! 俺が賭博で稼いだのも問答無用に自信満々に落としてくれたの! いや多分成功したのそれのおかげだろうけどさあ、睡眠薬落とそうとしてた女の子はとりあえず必死で止めたし」
「成功ってのは何だ。……それか」
言って、ユルレは金貨の入った皮袋を指差した。
ネイドは笑顔で頷いた。
「金貨六百枚相当の宝石群。名前は「聖なる石の欠片」。本当はもうちょっと粘れそうだったんだけどな、少年少女の手前がめついことはやめといたよ」
「そうか」
「こんだけありゃあ暫く豪遊できるぜ! 別んとこ行っても素材が金だから換金しやすいし」
皮袋を掴み、じゃらじゃらとわざと音を鳴らすかのように振る。得意げなネイドを見ながらユルレはネイドのベッドに散らかしっぱなしだった道具類を荷物袋に適当に詰め込んでいった。ネイドの皮袋もひったくって一緒に入れる。
「分かってるだろうが、豪遊なんざしねえぞ。どんなに金があってもそんな余裕はねえ」
「む……わーってるよ。言ってみただけだよ」
口ではそういいながらも表情がそれを否定している。
荷物袋にほぼ全て詰め込み終わったユルレはそんなネイドの首根っこを
……掴んで彼のベッドに放り込んだ。
ぼすっ! という小気味いい音と共に再びネイドがシーツに沈んだ。
顔から。
「……ってえ! あにすんだよ!」
三たび鼻を押さえながら、がばと起き上がり怒ろうとする彼の頭を更に掴み、強引に枕に押し付ける。空いているほうの手でシーツを掴み、乱雑にネイドの上に被せた。
「とりあえず、寝ろ」
「……〜〜えっっらい強引すぎやしませんかユルレさん……」
「酒場の宴会を早めに切り上げて戻ってくるなんざお前らしくねえじゃねえか」
起き上がろうとしたところのユルレの言葉に、ネイドの動きが止まった。
「その上でやたら話させちまったからな。寝ろ」
「……強引ですよーユールレさん」
諦めたのかそれとも図星だったのか、ぶーたれながらネイドはベッドに沈み込む。
……暫く口の中でもごもごと何かを言っていたが、それもすぐに寝息に代わってしまった。
話し込んでいる間に雲はすっかり晴れてしまっていたようだった。
淡い月明かりを窓から差し込ませながら……しかし自分は月の光に当たらない場所に身を寄せ、ユルレは眠りこけるネイドを見た。なんだかんだで疲れが溜まっていたのか、何をしても暫く起きないだろうということが一目見ただけで分かってしまう。
片付け損ねたのか無造作にベッドの上に置かれたままだったメモ帳をゆっくり取り上げ、ぺらぺらと捲る。とりとめもないことばかり書かれているページから全体にびっしり文字が書かれているページまで様々だが、目当てのページを発見してユルレは手を止めた。
『地下遺跡:通称「ムター」』
『俺以外のリッシュモンドの冒険者がもしこれを見てるなら、何だ、ネタバレ注意な』
ユルレはページを捲っていった。
『入り口:大人一人がようやく入れる大きさの小さな祠 / 地下へと階段が伸びている
祠の周囲に複数の石像 / 罠・特殊効果共になし
竜:一
馬:四
鳥:七
◎階段下の扉(ダイヤル式)の開錠』
『バシリスク肉屋:巨大テント / 爬虫類族(戦力:十七人程度)運営
入り口前に看板 / 店案内と価格表
人肉:金貨二枚相当
エルフ肉:金貨二枚相当
ドワーフ肉:金貨三枚相当
※人間族相手には十倍の値段らしい
買い取りも可 ←看板には高額と書かれていたが結局のところ不明』
『名もなき薬屋:木造 / 入り口は赤い扉 / 鍵・罠はなし / 侵入者察知用の鐘設置済
風邪薬・睡眠薬・惚れ薬・トカゲ除け:全四種
※全て金貨一枚相当 / 値段の割に量・質共に申し分ない
○メンバー二名は其々睡眠薬・トカゲ除けを購入
◎風邪薬は現状必要ないと判断 / 敵攪乱目的に惚れ薬購入
/ 仲間には「遊び目的」と認識してもらえたらしい』
『ドワーフ:伝承と救世主 / 都合の良さ・薬入手の容易さから罠の可能性も考慮
ダンジョン外へと繋がる魔法陣発見
秘文:「風のみは鏡に映らず」
◎惚れ薬を早速使用 / 長老が目を覚ましたことから秘薬=惚れ薬と断定
……何故何ともないんだろうか。もしや「惚れ薬」というのは真っ赤なウソか?
↑だが睡眠薬は名の通りの効果を発揮。何故だ。
↑トカゲ除けも使用を確認したが相手が竜の為本物かどうかは断定不能。』
『罠部屋:吊り天井 / 扉にはダンジョン入り口と似た構造のダイヤル式
西壁に精霊を模した絵 / 東壁に金属製扉
火精霊:三
水精霊:一
風精霊:二
土精霊:四
◎秘文を参考に開錠』
『賭博場:
◎門番相手に睡眠薬使用
丁半賭博!ダンジョンなのに!
一度しか出来なかった。畜生。絶対また行ってやる!!
「まるで砂漠に現われる泉と樹木のようだ」「我が王もそう言うに違いない」
○同士のエルフ族から梟の鍵入手』
『エルフ族の聖域:鉄条門のため力づくは難易度高か / 同族か合言葉で開閉
エルフ族(戦力:二十人程度(全員武装済/金属鎧+槍))が見張り
◎同士のエルフ族の言葉を参考に合言葉を発言・進行』
『竜:五十M程か / 広く深い池掘りに生息 / 通れる道は壁際の細い通路のみ
◎人語を解するらしく、ある程度の情報を入手
「お前達を見ていると青の王を思い出す」
「十四代目の王はお前達の中にいるのか」
「彼の者は十代目の王であったな」
○青の王=エルフの王?
◎メンバーの一人が混乱・トカゲ除けを投げつけるが結果的に情報入手
「青の王の棺だけは三つある」
「最初一つは王のため」
「次の一つは后のため」
「最後の一つは聖なる石のため」
◎次の部屋の棺はこれらの文を参考に開閉』
『部屋:東西南北四方向に伸びる通路 / 石碑に文章
「我、青の王なり。
聖地への道を作りし者なり。
その道、四方にありて
北に三人の男、南に三人の女、東に二人の男と一人の女、
西に二人の女と一人の男を留めるなり。
青、静にして均等を欲す者なり。
聖なる石を求めし者よ、青の美に従い均等ならしめよ。」
○石碑の文章を参考に西に移動
◎移動先にあった対応する石像相手に踊る格好で隠し階段出現
「西より参りし者、三人の男の影を踏みて聖地へと至らん」
◎北に移動 →南に移動
北に移動したときに似たような文章があったけど、無視していいんだろうか。
↑よかったらしい。あぶねー。
↑ちゃんと考えたら確かに北より参りし者じゃないもんな。』
『聖なる石:床全体が光を発している部屋 / 光源は床のみの為魔法的要因の可能性
いつのまにか頭上に巨大な岩 / 言語能力あり
「我は聖なる石なり。星界より来たりてこの地に住まう者なり。
汝の求むる物、依代をもってこの地に創らん。」
◎ためしに梟の鍵……を渡そうとして間違えて金貨を落とす
↑隣で全財産を差し出すメンバーが一名。一瞬目の前が暗くなった。
◎依代に問題はなかったらしく通称と金貨六百枚の価値の宝石入手
↑なんだ、雨の探検家って。
○酒場で他の冒険者から「鉄扇」入手』
最後のページで彼の手が止まる。
『……楽しかった。
できればもうちょっと滞在したいけど、それも無理だろうと思う。
でも、せめて、もう一度ぐらいは皆と会いたいよな。』
……あらかた読み終えて、ユルレはゆっくりメモ帳を閉じた。
眠りこけているネイドの枕元にそれを置き、床をきしませないよう静かに足を動かしながら部屋を出る。まだ僅かに声が聞こえる隣の部屋の前で立ち止まり、レミールに相談する内容を言葉に出来るよう脳内でシミュレーションしながら、ユルレはわざとガチャリと音を立たせて扉を開いた。
「……てめえら、いつまで起きていやがる!」